今、やっておかねば
ソロ公演をやるときは、そんなとき。
日々の波に飲まれてしまう前にめりめりと立ち上がる。
突発的に襲う体のキオク
感覚の扉
脳の記憶の扉
から入り
カラダに問う
2年前作品をつくるためカラダにきいたとき返ってきたのは
土に帰りたい
劇場?そんなものいらない
大地の上で、街でさえ踊る場として充分ではないか
と、、、、
そのときは途方に暮れた。
それから2年
生きてる時間って意外と短いな と思う。
劇場でやりたいと思った今回
終えてみて思うのは、
劇場は時空を断絶させて浮遊するスペース
観る人がとっぷりと自身の中を旅をする場所
作品はその糸口にすぎない。
今回、カラダがいってきたことは
壮大だった。
これは今回で言い切れることではないと
慌てて第1章とした。
一番最初にカラダからもらったメッセージ
頭がひとつ手がふたつ足がふたつ
これが繰り返されてること自体が奇跡なのだ。
障害者と言われてる人が本来の
又は
最も進化した人のカタチかもしれない
自殺?
生きてる行為自体が
そうだろう?
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