一緒に自殺してくれる人探しています。
これ数年前にかいた日記のタイトル。
私が探してるわけではなくて、
そういう人がいるってことに驚いてかいたの。
自殺でしょ?
心中じゃないんだから。
とびっくりしたの。
今だこの言葉で検索してくる人がいる。
願わくば終わりにする相手を捜してる人でないと言いなと思う。
生きてるということ
「骨の記憶」 はそのものかな。
のぞんで生まれてきたのではないかもしれない。
のぞんで生きてるのではないかもしれない
そういうこといいはじめると
人が人である必要もないのかもしれない
ある意味生きてること自体がミラクルだなって思う。
もっと若い頃は生きてる残りの時間なんてこと考えもしなかったし
考える隙もなかった。
今?
ひとつひとつ大切にしたいと思う
レッスンあとなんかいできるかな?とか
この動作何回できるかなとか
ご飯をかむことさえ あと何回かめるかな とか
笑っちゃう?
そう 笑っちゃうよね。
自殺かあ。
そうね。死ぬ時ぐらい自分で決めたい ということなら
わかるな〜
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